2003 06 03

06 03

ATAK002 keiichiro shibuya + yuji takahashi発売の日。

えーと多分、全国のタワーレコードには並んでると思います。
最寄りのタワーになかったぞおおお!っていうブーイングが
ある場合はメール下さい。
あとボンジュールレコード、on sundays、nadiffでは売って
ます。確実に。

あ、あとまだ店頭にはないのですが、ポップ用に書いてもらった
佐々木さんのATAK002のテクストが届いたので掲載しますね。
ちょっと照れるけど(笑)
以下です。

   ここにあるのは、親子以上の年齢差を隔てた二人の日本の
作曲家による、師弟愛に満ちたコラボレーションなどでは、まっ
たくない。
 かつてコンピューター音楽の最先端で苦闘しながら、ある明晰
な倫理的理由によって、以後の長い間、音とデジタルな演算との
結び付きを、自らに厳しく禁じてきた高橋悠治は、21世紀に入っ
て突然、ラップトップを手にした。もちろん、それが嘗てコンピュ
ーターを封印したのと同じ強度の倫理的理由によるものであるこ
とは疑いない。この「転回=回帰」は、音楽史上の「事件」であ
るとさえ言える。
 一方、若い渋谷慶一郎は、フォーマルでアカデミックな音楽領
域から出発しながら、おそらく同世代の誰よりも鋭敏かつ真摯で
あったがゆえに、あっけなく制度から逸脱してゆき、現在のポス
ト・テクノロジカル状況における「作曲家」としての在り方自体
を問い直す、という困難な試行は、ATAKの始動とSlipped Disk
としての活動にまで至った。
 多くの者にとっては今なお居心地が良いのだろうアカデミズム
の「閉域」から身を引き剥がすにあたって、かつて他ならぬ「逸
脱」の先達たる高橋の薫陶を得たこともある渋谷は、しかしこの
作品においては、偉大な年長者への畏敬の念に囚われることなく、
その強烈きわまる「問題提起としての電子音響」を高橋へと真っ
向から突きつけている。そして対する高橋も、渋谷のラジカルな
挑発にベテランらしく鷹揚に応じるどころか、凶暴な牙を剥き出
しにして、筋金入りの制度破壊者たる正体を露わにしてみせるの
だ。
 両者の闘いは、驚くべきスリリングなものだ。だがむろん、彼
らは互いに戦っているのではない。彼らは同じものに対して闘お
うとしているのだ。それが何であるのかを敢えて言葉にするのは
野暮というものだろう。

佐々木 敦(HEADZ/FADER)