2010 05 20

05 20

荒川修作さんの御冥福をお祈り申し上げます 。

荒川さんに対して様々な解釈が可能なようにこの突然の訃報にも様々な解釈が生まれることでしょう。

しかし「死なないための葬送展」という初期の棺桶のようなオブジェを並べた展覧会を開催している最中の死というのは非常にらしいのではないかと素直に思います。

つまりこれは悲劇ではない。

「死なないための葬送」という展覧会を開けば「死なないための葬送曲」というコンサートをやることになり

僕が彼のドキュメンタリー映画のために9時間もかけてピアノソロをレコーディングしていたら次の日にあっけなく死んでしまう。

常に生成装置であること。それが彼が言う「死なない」ということだとすれば、この追いかけっこはその実践のような気もするし

僕が音楽をやることになったドキュメンタリー映画のタイトルである「死なないこどもたち」は荒川修作その人のことではないのかな、と思ったりしています。

確かに初めて会ったときにfilmachine phonicsという僕のアルバムをヘッドフォンで無理矢理聴かせたら、「僕ならこの音楽を聴いて後ろ向きに歩くだけのダンスを作る」と言って踊りだしたこと、

僕が初期の絵画やオブジェがすごく好きだと言ったら、美術にはもう興味はないとか言うので

でもすごく上手なんだから描いてもいいんじゃないですか、得意なことはやったほうがいいですよと言ったら「そうか」と言って照れたような笑顔を浮かべたことなど、僕の中の彼のイメージは子供という言葉に集約されている。

そして改めてこの死も子供のいたずらのようだなとも思います。

なのでコンサートを中止するというような大人の対応をとってはいけないというのが僕の現在の気持ちです。

子供の同志として、生成装置としての「死なない」というコンセプトとその実践にリスペクトを捧げるのなら、微笑みを思い浮かべながら「葬送曲」がコンセプトから現実に移動するプロセスを生成し見届けなければいけない。

しかし死は常に間に合わない。本当は彼にドキュメンタリーの音楽を聴いてもらいたかったし、「not to die」というテーマで朗読してもらってその声を音楽に使うということも叶わなかった。

なので生きている限りはやはり急がなくてはいけない。急いでも間に合わないんだから急がないといけない。

でもちょっと待って欲しかったなと思います。

またいつか会いましょう、ありがとうございました。

渋谷慶一郎