2008 12 24

12 24

相変わらず12/20の感想メールが途絶えない状況で非常に感謝しております。全部読んでレスもしようと思っていますので少々お待ちを。
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で、今日はクリスマス・イヴということなんですが本来でしたらこの12/24に僕は金沢21世紀美術館のコンサートホールでピアノ・ソロのコンサートをやることになっていたんですね。
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しかし、これが一ヶ月くらい前に突然一方的にキャンセルになったのでラフォーレ原宿に鳥肌実を観に行くことにして、あまりの面白さにやられてしまってことなきを得たかのように思ったのですが、しかしこのキャンセルの経緯というのは非常に問題あったので書きますね。
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いや、ことなきを得たというのは冗談で全くことなきを得ていないというか、公共機関とアーティストの関係というのはこれほど理不尽なことが許されているのかと呆れたので。自分が知らなかっただけかもしれないのですが。
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そもそも、最初のオファーでは悠治さんも以前出演していた「ベーゼンドルファーを弾く」というピアノコンサートのシリーズで僕のピアノソロで一晩という話を頂いたわけです。
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で、一応ということで自分のピアノの音源も送ったら担当者の方も非常に気に入られたようで、素晴らしいです、ぜひやりましょうということになったんですね。
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それで日にちを12/21~12/24で選んで欲しいと言われたので、12/24でお願いしますと返信しました。
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これは12/20にラフォーレでのライブが決定していたので恐らく2日間くらいはひどく疲れているだろうということは予想できたので、なるべく12/20から離れている日にちであるという理由からです。
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で、来年の6月以降のスケジュールをピアノ中心に考えていたこともあって12/20にコンピュータで、12/24にピアノ・ソロでライブをやって今年を終えるというのは来年に繋がるという意味でも非常に良い組み合わせだなと、打診して頂いたことを感謝していたわけです。
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特にそのときの僕は精神的にかなり参っていたのでピアノを弾くというのは自己治癒的にもかなり有効なので救われた気分だったんですね。
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で、問題はこれからで、そのオファー成立から数日たったときに突然キャンセルになったという連絡が間に入っている方から僕に入ってですね
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この理由というのが信じられないくだらなさで
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「その日はクリスマスイヴなのでクリスマスソングが弾けるジャズピアニストに変更したい」
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という指令が御上だかどこからだか出て担当者は従うしかなく、本当に申し訳ありませんの一点張りになってしまったんですね。
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しかし、そもそも出演のオファーを受けたときはこのコンサートはクリスマスコンサートでもなんでもなく「ベーゼンドルファーを弾く」というピアノソロのコンサートシリーズの一環だったはずなわけです。たまたま僕が選んだ日がクリスマスイヴだっただけで。
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だからこれが最初からファミリーコンサートやクリスマスコンサートだったらまだしも、突然話がクリスマスコンサート仕様にすり替わっていたことに驚いたのと、美術館の見識として
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クリスマスだから「クリスマスソング」が弾ける「ジャズピアニスト」を
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という差別だかなんだかよく分からないキャンセルの理由と、その安易さ低劣さに驚愕したわけです。
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そもそも、だったらまず僕に「クリスマスイブなのでクリスマスにちなんだ曲を混ぜて頂けないでしょうか」という打診をするべきですし、
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それは芸がないなと思うのであれば
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「ワム!のラスト・クリスマスをモートン・フェルドマン風に弾け」とか「山下達郎のクリスマスイブをアルヴォ・ペルトの静謐さをもって、しかしベーシックにはグールド的に解釈しろ」とか「赤鼻のトナカイをチャンス・オペレーションで」とかいうリクエストをするべきであって笑
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いきなり「クリスマスソングが弾けるジャズピアニストに変更することになりました」、というのは僕に対してもそのジャズピアニスト方にもこの上なく無礼で不遜な対応だと思います。たまったもんじゃないというか。
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僕はいわゆる既存の組織に対する古くさい反体制主義やインディペンデント指向とは常に距離をとってきた、というかそういう感覚や抵抗はむしろ全くないほうで、組織であろうが個人であろうが相互に協力できて面白いことができればいいではないか、という非常にシンプルな指針で行動してきたつもりです。
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実際に僕は特定の企業のために音楽を作ることもあれば美術館で作品も発表していますし、そこには信頼を前提とした真摯なやり取りが個人的なレベルにおいても存在することも知っています。
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つまり企業でしたらプロデューサーやディレクター、美術館でしたらキュレーターの方とそれぞれ関わるスタッフの方々とのコミュニケーション、時には真摯な議論によって進んでいくわけで、そうした過程で生まれる信頼や尊敬というのは作品と同様に貴重な財産となっているわけです。僕にとって。
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つまり組織対アーティスト=個人のような定型自体が少なくとも僕がやっているようなアートの規模では存在しない、あくまでも最終的には個人レベルのコミュニケーションによって全ては進行しているというのが僕の実感です。
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しかし、今回のようなケースはそうした組織対個人的な定型を組織の側が一方的に行使するという暴力性を孕んでいることが問題で、こういう経験をしていない僕がラッキーなだけなのかもしれませんが、しかしこういう場合ほとんどのアーティストは沈黙してしまうわけです。
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理由は簡単で文句を言えば二度とその場所で発表の機会が持てなくなるから、という雇用主と労働者のような、いやそれ以上の不平等な力学が働いているわけで、しかしこれは根本的に非常に関係性として不健全なのは言うまでもありません。
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僕自身はここでやれなくなると活動が出来なくなる、というような場所はないですしそうした活動方法はとっていないため、理不尽な対応に対してはこうしてかなりの人数が読まれているblogで遠慮なく批判させて頂きますが、しかしこれは絶縁や捨てゼリフの類いではないことを強調しておきます。
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金沢21世紀美術館については僕は行ったことはないものの、そのアクティビティには言うまでもなくリスペクトしてますし、夏から秋にかけて行う予定のピアノソロによるコンサートツアーでは開催の打診もさせて頂くつもりでした。
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その上で今回の件に関しては批判するのが妥当と判断したのでこうして意見させて頂いているわけですが、こういう批判をするようなアーティストは論外というようなことでしたらそれはそこまでですし、批判は批判として受け止めて頂いて改めて何かやりましょうということであれば、今回の件に関する謝罪は前提になりますが改めて話し合いさせて頂くつもりです。
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というのも現状では、関係性や信頼というレベルにすら達していない、強いて言えばお役所的な対応のみに終始しているので。
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ただ、アーティストはこうした理不尽には徹底して抵抗するべきだとは思います。そんなことをしたら二度とやらせてもらえない、みたいなみみっちい考えは関係性の不健全さを増長するだけなので。
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なので今回は経緯をほぼ全て書かせて頂きました。
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金沢21世紀美術館の今後の対応に期待しています。