2003 02 17

02 17

最近寝室ではグールドのライブ盤ばっかり聴いてるんだけど
驚くべきことはこれに収録されているスエーリンクのfantasiaと
シェーンベルグのsuite for piano op.25があまりにも似ている
ことで確信犯的にこの2曲をコンサートのプログラムで並べた
若い頃のグールドは冴えている。としか言い様がないし、
スエーリンクとシェーンベルグの間の約300年っていう時間
の経過を考えると音楽ってそんなに変わらないなーというのが
正直なところで(笑)、近・現代以降の音楽ではピアニズムの
拡張っていうのはよく言われるけど、このCDを聴いてる限り
聴感上そんなに拡張してるとも思えない(笑)。
いや、もちろん動かす音の数も種類も増えてるしその構築の
方法論がより複雑になってるのは当たり前なんだけどそうした
譜面上の複雑性の拡張はグールドっていうあまりにも自然な媒介を
通すことによって意識しないで済むっていうか意識することなく
聴けるしこの意識されなさは非常に気持ちいい。です。

で、不思議なのはこうした自由さが晩年のグールドから何故消えた
のかっていうことで、僕ははっきり言ってブラームスのラプソディー
とか入っているCDはひどいと思うし、聴くに耐えないガチガチの
演奏っていうのもいくつか知っている。後期のスタジオにこもって
録音されたこれらと対照的な初期のライブ録音によるこのCD・
glenn gould salzburg recital 25.august1959はそうした意味で
僕の好きなグールドの究極のかたちが収録されてておすすめです。

そうそう今日も昼の早い時間から頼まれてるダンスの音楽の作業を
始めて結局16時過ぎまでかかって終わらせました。
で、今日はその会場の機材をチェックしに行って、そこでCDを
渡しつつスピーカーの数、種類などを確認。
後に戻って作曲→ジムへ。

で、mariaと歩いてジムから帰る途中偶然さやかに会う。
爆笑したのはさやかは爆音で家で音楽聴いてたらとうとう警察に
踏み込まれたらしいです(笑)
というのも彼女は僕のオススメで家で音楽聴くのにfostexの
NF01-Aを使ってるんだけど(僕はNF1-Aを使ってます)前に
アポ無しでmariaとピンポーンしたときにドアの外から聴こえる
あまりの爆音にビビッたことがあって(笑)、これはいつか問題
になると思ってたんだけど、とうとう近隣の誰かが警察にタレ込んだ
らしく(笑)、夜中にピンポーンとか鳴って、あ、また慶一郎と
mariaだとか思ってドア開けたら警察がいて近所から通報あって
こんな貼り紙されてますよとか言うから見てみたら「うるさい、
最低!」云々みたいなことが殴り書きされた典型的なのがあった
らしい(笑)
僕もいきなりバットで殴られたりするのは悲しいっていうか
死んじゃうので気をつけます。